前年12月の公演からしばらくして、初代照明マンでもあった高槻おひやに重要な使命が託された。
次回公演場所の開拓である。
満劇は第1回公演を成功のうちに終えたものの、満足はしていなかった。
自分たちの力をもっとメジャーな場所で試してみたいという思いに駆られていたからである。
そこで、当時の関西小演劇界の殿堂ともいうべき阪急ファイブ・オレンジルームへの進出を夢見たのだった。
そこで劇場プロデューサーの中島陸郎氏のもとへ高槻おひやは第1回公演「すちゃらか社員」のVHSビデオを持っていった。
中島氏は聞いたこともない劇団の申し出にとまどいながら「わかりました、見てみましょう」といったん引き取ってくれたのだが、その後とんと返事がない。
やはりダメかと恐る恐る聞いてみると、まだ見ることができないという。
中島氏の自宅にはベータのデッキしかなかったのである。
すぐさまベータにプリントしなおして再発送した。
しばらくして、我々の元に1本の電話がかかった。中島氏だ。
「……ビデオを見ました」
声は心なしか暗いようだ。やはりダメか、しょうがない。
我々はまだ1回公演しただけの弱小劇団なのだ。
とあきらめかけた時、中島氏の無愛想な声が聞こえた。
「見たんですけど………………………………………面白いですね」
こうして憧れのオレンジルームへの道は開かれたのである。
「すちゃらか社員2」は基本的には前年12月の再演であり、短編サラリーマンものオムニバス形式であるが、内容は大きく変更された。
演目の中で4本が新作に入れ替えられたからである。
劇場も内容もスケールアップした満劇が日経や朝日、サンケイなどの新聞(特に社会面)、また雑誌「新劇」などにも写真入りで取り上げられ、第1期の黄金期を迎えた。
<貴族社員>
雛壇のような、緋毛氈に社員が並んでいる舞台で始まる。
平安時代から続くこの会社では、実力を無視し、家柄だけで社員を採用してきた。
名字のない高貴な社長(芦屋キムチ)、足利部長(桂雲呑)、源秘書(守口すもも)らは、勤務中も香の聞き比べを行い、会議の発言も和歌で詠むのが常である。
そこへ平民の技術者・平家(ひらや=淀川フーヨーハイ)が名前の読み間違いで入社してしまい、1人奮闘する。
やがて働かない貴族たちに怒り心頭、辞表を提出するが、季語が入っていないと突き返される。
貴族に憧れる作者・宮崎仁誠が「会社員は上品でありうるか?」を追求した異色作。
<新入社員>
日当たりの良い部屋に机を置く老社員(伏見ムニエル)の元に希望に燃える1人の新入社員(西宮爆肉)が配属される。
老社員には今日が退職の日であった。
新入社員は業務内容を熱心に学ぼうとするが、聞けば聞くほどたいした仕事がない。
老社員の最後の言葉は「やかんに水を足しておけ」であった。
<るんるん診察室>
前年の再演。
(84年すちゃらか社員参照)
看護婦役として桂さらみが登場。
<芸術>
前年の再演。
(84年すちゃらか社員参照)
<エリート社員>
俳優・西宮爆肉の出世作。グローバーワシントンJr.のサックスの響きと共に、絵に描いたような過剰なエリート社員(西宮爆肉)が登場する。
その自意識過剰な台詞では、「そんな自分の肉体を俺は……好きだ」、「サラリーマンではない、人は俺をビジネスエグゼクティブと呼ぶ」、
「責任、それは俺のバイタミンだ」、「日本は、変わるよ」などの名言を連発。
書類を取りに来た女子社員(守口すもも)とのやり取りから、本当はただの窓際族であることが次第に明らかになる。
西宮がエリートのポーズを1つ決めるたびに嵐のようなざわめきが起こり、ある種の感動は笑いの果てに生まれることを示した。
このときから、役者の目標は受けることではなく、受け入れられることに変わった。
<戦国社員>
満劇初の本格派風時代劇。
戦国時代の武士・部左衛門(桂雲呑)と平助(淀川フーヨーハイ)は戦いを終えてほうほうの体で帰還するが、帰り道に口げんかが高じて、どちらの怪我がより痛いかを自慢しあうような見当違いな人たちである。
2人は臆病者の殿(芦屋キムチ)を説得して小姓のお蘭(桂さらみ)と共に戦場へ出かけるが、たちまち襲撃を受けるのだった。
芦屋キムチの馬鹿殿は素晴らしいはまり役。
みんなが戦場へ出かけるシーンに初のダンスを導入しようとして、結果は音楽に合わせた単なるパントマイムになり、この手法は満劇の伝統ともなった。
<マラソン>
前年の再演。
大きくパワーアップした。
演出的には音楽要素を取り去り、簡素な舞台に西宮の爆発力を前面に押し出した。
(84年すちゃらか社員参照)
<すちゃらか社員>
前年の再演。
(84年すちゃらか社員参照)
この時から1人しかいなかった女優陣に桂さらみが加わった。
名字が同じなのでわかる通り、桂雲呑の妹である。
またこの頃は、東京に勤務している大沢智弘などの裏方が新幹線で深夜大阪に着き、徹夜で仕込みをするというような無茶もしていた。
思えば若かった。