何をおっしゃいますやら

1986年7月、前年に続き阪急ファイブ・オレンジルームでの公演が行われた。作・宮崎仁誠、演出・古沢真。
内容は少し変わっていて、それぞれ独立した短編ではあるが、
トイレットペーパー専業メーカー「ニコニコ製紙」を舞台に、共通した登場人物が織りなす連作オムニバスという形をとっている。
と言われても、読者は何のことかわからないだろう。まずあらすじを追ってみる。

<プロローグ>
入社志望者・宝ヶ池(淀川フーヨーハイ)が華々しい野球中継のアナウンスでルーキーとして登場。選手宣誓をするが、実は入社面接の3分間自己PRであった。
緊張のあまり、真面目な言葉を必ずいやらしい言葉と言い間違えてしまうという、満劇お得意のパターンで始まる。

<面接> 
宝ヶ池が待っていると、琴の音とともに和服姿の女子社員・阿部真理子(桂さらみ)が登場。
しかしそれは面接ではなく、真理子の結婚相手を探そうとする平泊(ひらどまり=芦屋キムチ)の企みであった。
英文学に詳しいという宝ヶ池に対し、 真理子「グッドの比較級をご存知?」
宝ヶ池「モア・グッドかな。いや、グッダー、グッダー」
などのやり取りが心に残る。

<新人研修>
冒頭、2人の受付の新人女子社員(南森町子、堺きな子)が挨拶練習をする。
「いらっしゃいませ」「ニコニコ製紙でございます」初日の舞台では、この次の台詞をどちらかが忘れてしまい、繰り返しが3分も続いた。
永遠に続くかと思って冷や汗を流したのも今ではいい思い出である。
酒におぼれているがデキる男・減井戸(へりいど)部長(西宮爆肉)の新人教育は厳しい。
デキる女・山田(本芦屋きの子)を使ってさまざまな手本を見せる。
西宮の変則2枚目の良さを生かした好演が光る。
「女は……馬鹿だよ」と言っただけで爆笑が起こったのは忘れられない。
なお、「減井戸」という名前は鼻をつまんで発音すると「エリート」になる。

<ギャンブル社員> 
キャリアウーマン・淀屋橋かおり(守口すもも)と仕事をする宝ヶ池は、会社の業務内容に不信感を持つ。
どう見ても仕事をしているように見えないからである。
それもそのはず田中課長(桂雲呑)を初めとする社員たちは密名を受けて、全ての資金を競馬・競輪・パチンコ・ジャンボ宝くじに注ぎ込んでいたのである。
企業が大きくもうけるにはどうすればいいかを短絡的に追求した問題作。

<告白社員(原題:てなもんや産業スパイ)> 
阿部真理子に恋する平泊(ひらどまり)は、重要プロジェクトの全貌が書かれた書類をうっかりライバル会社に郵送してしまうような究極のダメ社員である。
コピーを取ると、自分の顔を写してしまう。
2人は机を向かい合わせているのだが、真理子に告白しようとして直接言えずに席から隠れて電話をかける。
ついにそれがばれて真理子は出て行ってしまい、入れ替わりに減井戸が入ってきて、次のホラー社員へと続く。
実は平泊は選び抜かれただめ社員で、ライバル会社が業績を落とすために送り込んだ、世界一情けない産業スパイであった。
この驚愕の事実はついに明かされないまま終わる。
戦後の世界の趨勢に影響を与えた歴史上最大のスパイ、リヒャルト・ゾルゲが拠点としていた大手通信会社は、
現在満劇が活動の拠点としている会社の前身であるという事実は本編に何の影響も与えていない。

<ホラー社員> 
伝説の営業第4課への異動を命じられた減井戸課長(部長から降格)と平泊はさっそくそちらへ向かうが、行き先を聞いただけで誰もが気味悪がって逃げてしまう。着いたところは怪奇色漂う部屋であった。上司(東京サイボーグ)はどことなくドラキュラに似ており、「今何時だ。10時か……十字架?」と自分で発作を起こす。女子社員(本芦屋きの子)はコピーを取ってくるが、枚数が足りないと「1枚、2枚、3枚……」と気色悪く数えて笑い出す。
3分ほどの出番のために帰阪した東京サイボーグのドラキュラ役が出色。

<宗教法人> 
会社の収入を全て「お布施」と申告すれば無税になるのではないか?という発想から生まれた本編中の代表作。
会社に最も大切なもの、それは理念であり、理念さえあれば商品はどうでもようよい……という信念のもと、某カリスマ経営者に似た100才ぐらいの社長(伏見ムニエル)はある日会社を宗教法人として登録し、自らは教祖となって、自分が手を洗った水を不思議な効能のある薬として売り出す。
インチキ商売に気づいた阿部真理子が乗り込んでくるが、教祖は「私の手からはインシュリンが出ている」と告げる。
なぜなら教祖は特殊な糖尿だった。
仏像代を節約するため仏像にされた平泊(芦屋キムチ)の姿、儀式のため丸坊主で聴いたことのないギリシア音楽に合わせて舞った田中課長(桂雲呑)の意味不明の前衛舞踏が心に残った。

<貯金> 
本編中の異色作。減井戸(係長に降格)、平泊、宝ヶ池の3人がべろべろに酔って登場する、いわゆる酔っ払いもの(?)。
前半は平泊に阿部真理子との間を詮索するだじゃれ合戦。
そこへ真理子本人が花嫁衣裳で現れ、結婚すると告げる。
平泊が傷心していると、減井戸と宝ヶ池がマイクを持って登場し、音楽が始まり、ロックコンサートのパロディーで会場に語りかける。
内容は貯金の方法について。以上のように、ストーリーは支離滅裂。
しかしどこかヤケクソの開き直りパワーが発揮され、最後は狂ったようにギターを弾く平泊係長のパントマイムで大いに盛り上がる。
実はこの演目、練習の初めは全く面白くなかった。
試しに全員が酔っ払いになってみたところ、一気にノリがよくなり、正体不明の面白さが生まれたのである。

<独立採算制> 
ニコニコ製紙では、独立採算の事業部制を突き詰めた結果、個人単位の独立採算制を採用することになった。
昼の出前を注文すると女子社員・淀屋橋かおり(守口すもも)に電話代を払い、出前を持ってきた田中課長(桂雲呑)にうどん代を払う。
山田社員(本芦屋きの子)はマッチ売りの少女のように「お茶はいりませんか〜」と社内を売り歩く。
宝ヶ池(淀川フーヨーハイ)は「このシステムはおかしい。
会社の外から金が入ってこない限り、みんなは貧しくなる一方である」と気づき、社長(伏見ムニエル)に直訴する。
ハイライトは「なぜ貧しくなるか?」を、人間4人とゴミ箱を使って部屋をぐるぐる廻りながら説明するシーン。
社長がよくわからないため、数回同じ説明が繰り返され、だんだん早くなる。
後に1995年「すちゃらか社員95」でキャストを替えて再演されることになった。
景気が悪くなると、政府が必ず始めるのが土木・建設の活性化である。
もちろん内部の金を消費するだけなので、国が潤うはずはない。
1929年のニューディール政策以来、未だに続いているその場しのぎの発想をこれほど回りくどく批判した例は他に類をみない。

<エピローグ=会社説明> 
84年の第1回公演「すちゃらか社員」で上演された「会社説明」を芦屋キムチの1人芝居に翻案したもの。
ニコニコ製紙の会社説明を聞きに来た大学生に、平泊(芦屋キムチ)が喫茶店でトイレットペーパーの将来を熱く語る。
同じキャラクターであるが、前回よりいっそうおかしく、かつ愛せる、ペーソスという言葉では言い表わせない……それはチャップリンでもなく、渥美清でもいかりや長介でもない、まさしく芦屋キムチならではの味わいであった。
満劇史上最高のパフォーマー・芦屋キムチの数多い舞台の中で、1つだけ最も彼らしい演目をと言われたら、筆者はこの「エピローグ」を挙げたい。
そこでの芦屋キムチは、いつものように饒舌ではなく、むしろ少しだけ不器用な自分をいとおしんでいるようにも見える。
また、このエンディングシーンでは、今はすっかり劇団のテーマ曲になった「明日は日曜」(詞&曲・宮崎仁誠、歌・加納カルピス)が初めて披露された。

(淀川記)